アヒージョ好きのビーバー

世の中の本質を、自分なりに考え、解説します。正義感が強く、偉そうなもの、金持ちには、牙を剥きます。

セミが出る庭

今年も訪れた

セミの季節 

雨で長い間庭の変化を見逃していたのだが、この3日ほどで、たくさんのセミの抜け殻が発見された。

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今日は久しぶりに晴れたので、樹木の様子を見ると、たくさん木の葉にも、抜け殻があった。

揺れる葉に捕まり、羽化をするので、残念ながらセミになりきれなかった幼虫を2匹見つけた。

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これから庭のあちこちに穴が開き、そこからうじゃうじゃセミが出てくる。セミは7年土の中にいるというが、どうもそれは曖昧らしく、また、1週間しか成虫で生きられないと言われていることも、都市伝説の類いらしい。

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セミで唯一言えることは、バルタン星人がやけに似ていることである。しかし、あの恐ろしいほどザリガニに似た手だと、おそらく、細かな作業もできないだろうし、科学技術も発達しないであろう。

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なんのこっちゃの、今日である。

お弁当物語43

今日も雨

警報はいつも後にやってくる。

全然役に立っていない。子供が学校に行き、1時間目の授業の時に警報が出た。

登校時はすごい雨。

 

神戸海洋気象台は本当に、ずれてばかりいる。うちの猫の、ニャンコの手天気予報の方がずっとマシである。

 

熊本に応援に行きたいが、何しろコロナで受け入れてもらえない。地震の時は3回ほど手伝いに行った。帰りに入る阿蘇の温泉は素晴らしかった。

 

何とかならないか?

人は人助けをするときに1番力が入るらしい。今そのときなのだ。

 

今日のお弁当

 

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白米のごはん(のりの佃煮入り)

大根の漬物

紫蘇入卵焼き

自家製胡瓜竹輪

海老フライ三尾

自家製紫蘇とチーズと竹輪

青梗菜とツナ炒め

自家製皮の硬いミニトマト

 

今日は、このほかにいつもの自家製ピーマンのひき肉詰をコンロで焼いたのだが、取り出すのを忘れてしまっていた。

夜にもう一度温めて食べたが、大丈夫だろうか。

 

 

お弁当物語42

またまた、今日も雨

ニュースでは地球温暖化を問題にする報道もあるが、何を今更。人間が備えとしてやらねばならないことを怠ったからで、これを今更化石エネルギーの責任にされてももうほとんど手遅れなのであるし、第一、ニ酸化炭素量が温暖化にどう結びついているのか明白ではないし、隣の中国にインチキやめろやと、抗議するほどの力は今の日本にはない。天文学では、地球は緩やかに氷河期に向かっているといわれている。

それより、日本は火山国なので、地震と火山には気を付けないといけない。気をつけると言ったって、どうしようもないのだが。

そうなのである。

自然相手なのだ。

何が起きるかわからない。それ故に、今できることは、とにかく災害の予防である。

 

今日のお弁当

 

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十六穀米のご飯(鯛味噌入り)

ナンプラー入り卵焼き

自家製胡瓜の中華風

九州高菜漬け

自家製胡瓜竹輪

里芋とイカの煮付け

剣先イカの煮付け

竹輪と自家製紫蘇とチーズ巻き

自家製ピーマンの肉詰め焼き

 

今日は煮物が入ったので、お弁当が茶色になってしまった。自家製のトマトも🍅、梅雨が長く日当たりが良くないので、とても色合いが悪い。

 

前のジャパニも読んで欲しい

 

ジャパニの国で起きていること

日本は観光立国を目指してきた。

外国人がたくさん来日するようになり、街の様子も変わってきた。

神戸の街は、もともと、開港以来外国人の多い街ではあったが、主にイギリスやアメリカなど当時の日本を支えたいわゆる西洋人であった。海岸に面した居留地に貿易会社を建て、やがて水捌けの良い山際の北野に住んだ。のちの異人館である。

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神戸には、異人館とか南京町とか、初めて聞くとギョッとする地名があるが、これは差別でも区別でもない。神戸には、言葉で差別することは恥とする文化がある。人を差別しない。これは、明治の初めに日本人と外国人が互いに隣同士で住む「雑居地」が広かったためでもあるが、神戸では、みんな何処かから来たよそ者であり、みんなこの街が故郷なのだ。

 

世界中のどこにでもいて、早くから日本に来ているインド人🇮🇳と中国人🇨🇳の他に、ベトナム人🇻🇳が1990年代にたくさん入国するようになった。

次にはタイ人🇹🇭。

そして他の東南アジアの国々らしい外国人🇮🇩🇲🇾🇱🇦🇲🇲が大挙して住むようになった。

そして今、大量にネパール人🇳🇵が日本に来ている。

 

その間、中国人🇨🇳は順調に人数を増やし、日本にいて日本で儲け、ぶくぶくと富を増やしていった。中国人旅行者の白タクをしたり、日本土産のバッタ物を高く売る観光会社を経営したりしてきた。貿易も、中国との生活水準の格差をうまく利用して、沢山儲けてきた。しかし、日本の様々な災害の間に、驚くほどの沢山の中国人工作員を潜入させることになってしまったのである。

 

2010年を迎える前から、コンビニ店員として外国人が現れた。店員の名札が中国人の漢字の一文字から、急にカタカナ表記に変わった。人手不足がいよいよ大変なこととなったのである。小泉政権が、派遣労働のスタイルを進める一方で、大企業の人件費を抑えたり、第一次産業の若手労働力の担い手として安い研修費で働かせたりするために、外国人がたくさん訪日した。

 

技術者や研究者としてだけでなく、料理人であったり農業や漁業の技術者であったりしたので、ありとあらゆるところから日本へ来ているのである。そして、日本人ならもう到底そんな低賃金では働かないというぐらいの賃金で働いているのである。

 

6月21日(日)BS1スペシャル「ジャパニ ~ネパール 出稼ぎ村の子どもたち~」の再放送があった。何度見ても考えさせられる話である。

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番組ホームページよりNHK

 

ネパールといえば、1989年の最優秀エッセイとして名高い、「ネパールのビール」で、懸命に日本人との約束を守ろうとしたネパールの清貧の少年の一途な行動に、資本主義にどっぷりつかり、バブルのつゆを呑んでいた、わたしたち日本人に誠実に生きることの尊さを改めて知らしめた国である。

 

それが、この30年で、日本に出稼ぎをして働き、あわよくば仕送りをというシステムが構築され、それによって、3世代で慎ましく生きてきた山村の生活が一変し、山村には働き手がいなくなり、年老いた両親と、幼い孫だけが残されているという状況に至っているのである。

 

働き手の父母が日本に出稼ぎに行くのは、本来は父親だけだったのだが、ネパール料理店で働く父親の給料は10万円ほど。生活ができないため、母親も日本へ来て時給1000円ほどのホテルの部屋の掃除をして夫の生活の支えをしている。いわば、低賃金ゆえの2人で一人分の収入なのである。これでは頻繁にネパールへは帰ることはできない。

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番組ホームページよりNHK

 

もう少し詳しく説明すると、その昔は30年前まで村の男はラウレというイギリスの傭兵として雇われていた。いわゆるグルカ兵である。しかし、コックとして日本に渡った1人が大成功をおさめ、我先にと日本へ渡るようになったのである。

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番組ホームページよりNHK

 

さて、山村に残してきた子どもは、私立の小学校に通う。寮生活だと、1ヶ月1万2千円。村人の月収の半額に相当する。親が日本へ出稼ぎに出ている子ども目当てに、私立の学校が建てられる。

その子どもは、「ジャパニ」と呼ばれる。

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番組ホームページよりNHK

 

両親は日本で月30万円程度の収入を得るが、家賃や生活費がかかるうえ、借金の返済などもあり、豊かな生活とはいかない。だれもが、ネパールを出国するまでに渡航費として100万円ほどの借金を背負ってきているためである。

今村に帰ろうなど誰も思わない。一度経験した文明の息吹は捨てがたい。よほどのことがない限り停電しない電気、断水しない水道、ひねれば火がつくガス、清潔なトイレ。台風や地震はあるけれど、ネパールの山村と比べると医療や教育の水準は比較にならないぐらい高い。

 

だから、親たちは村に残してきた子どもを日本へ呼び寄せようとする。そうなれば、祖父母は2人きりで村に残ることになるのだ。育てた子どもたちが次々と日本へと移住し、残念ながらそこでも決して豊かではなく、やはり唯一の生きがいは家族であるという、ネパールでの生活を、少しレベルアップしただけの生活を送るだけなのである。

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番組ホームページよりNHK

 

人口減少に伴い、もう、ホテルの部屋掃除などほとんどを外国人労働者が担っている我が国が、偉そうに観光立国を高らかに謳っていいものだろうかと、改めて考えさせられた。

 

今の日本は、多くのアジアの人々の生活を破壊し、犠牲にして成り立っていると考えてもいいのである。そう思うと、日本はアジアの国々に戦争の時と同様に、多くの苦しみを与えてしまっていると考えないといけない。

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番組ホームページよりNHK

 

年間授業時間を半分にしろ

その国の水準は、教育の質の高さに比例する。

 

その昔、黒船が来航し、西洋との物質文化の格差に驚いた明治政府は、数々の改革の中で、いち早く学制を実施し、不慣れながら教育制度を構築した。

実は、西洋文化を見て触れただけで模倣できたのは、世界で稀な識字率の高さを支えた、江戸時代の寺子屋の存在が大きい。

藩校もあったが、一部のエリートだけを教育した西欧とは違い、日本のそれは金のない身分の低い庶民というか百姓まで教育をした。

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日本全国やたら読み書きそろばんに、勤しんだ江戸時代があって、学校制度に対する認識も、早くから持てたのであろう。

 

寺子屋では、授業料は必ずしも銭ではなく、大根や芋でもよかった。いわゆる先生と生徒は、師弟の関係であったので、生活というところで結びついていたのである。

それが学校にはなかった。明治5年の学制発布以来、全国各地で小規模ながら小学校が作られたものの、やがて、どちらもの人員不足から、淘汰され長く金のかかる教育は、不必要であった。

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しかし、殖産興業が発達し、人々に工場制手工業での生産活動が具体的に可視化されるようになり、また、新しく電信電話、鉄道、新聞など、新しい技術が導入されるようになると、今までの働き方であるものづくりだけではなく、第三次産業という分野が開かれた。

 

そこでは、人の能力が必要とされ、その比較の目安としての、学歴ということが注視されるようになった。学問が、読み書き算盤と言った技能的なものから、科学や地理といった別の要素が取り入れられ、それを身につけることが、次の時代を乗り越える切り札になると考えられたのである。

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いわば、今の時代のコンピュータであり、ネットのようなものである。物を調べてたくさんのことを覚えるというコンテンツ中心の教育はもはや通用しない。未だ、テレビで地誌や歴史物をクイズにし、それがさも、学力だと言わんばかりの、人の賢さの秤としているのは日本だけであろう。有名大学の学生は、たくさんの知識を持っているというのは、もう昔のことなのだ。今は、発想の時代である。それを、飽きもせず、さすが〇〇大學とか、やっているのだから、おめでたい話だ。

 

明治の学校は、そのコンテンツを大切にし、量を競わせてきた。いわば、文化遺産を構築した人の知識や記憶を留める作業をしてきたのである。まだ、人はものの時代であった。極論すれば、帝国大学は、明治の稗田阿礼今しか過ぎなかった。

 

さて、その後、教育が国家主義のお株をもらって、国民を洗脳して行ったのは周知の事実であるが、安倍政権は、連日青少年の残念な姿をマスコミに取り上げさせ、教育基本法を改悪することに成功した。うまく、戦前のように、政治が教育に介入できるようにしたのである。それゆえ、大人も知らない日本の国境問題を、子どもに学ばせ、記憶させるように教科書を書き換えている。

 

現政権がやってきた悪事は、数多くあり、賢者はもうお見通しなのであるが、今ここでの話ではない。

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学校の再開が遅れ、1年が10カ月となり、夏休みを入れても、もともと指定されていた授業時間を消化しきれない状況に陥ってきた。

コロナがまた再燃したり、昨日のように天災による休業が続くと、もはや完全に時間数を確保できないものとなる。

 

しかし、そもそも、学校で勉強する時間はどうして決められているのであろう。どうしたというと、そもそも論ではなく、どうして年間こんなにたくさんの授業時間があるかということは、明らかにされていないのである。

 

例えば小学一年生の年間授業時数は、850時間ほどだが、306時間が国語である。

小学校6年生の年間授業時数は、1015時間。国語は.175時間、

 

こんな調子で決められているのだが、どうして国語が175時間で、理科や社会という具体的な自然や社会と言語や観察を通して追究し疑問を解決していく思考教科は、ぐんと時間数が少なく、遊びである体育とかわらない。

 

しかも、諸外国は、子どもの思考を大切にし、自ら疑問を持ち解決するトピック学習や他を和弓学習が大半を占めるのに、日本だけは、発展途上国と同じように、読み書きソロバン、テレビのクイズ番組でやっていることばかり覚えさせているのである。

 

もちろん総合的な学習の時間という誠に馬鹿みたいな名前の時間があり、子どもの興味関心に即した探究授業が行われることになっているが、週にたった2時間。英語の方に力を入れるような指導もあり、ほとんどの教師は、この時間は邪魔くさいからと、教科指導や行事に当てている。脱法行為であるが、みんなしているから罰しようがない。

 

メタ認知など皆無で、今更ながら評価人の顔色を見て行動する、忖度のうまい奴が、上にのし上がっていくのである。

 

この実にいい加減な年間授業字数が、足らないとなった時に、用のないものや必要のないものが剃り落とされるのではないかと期待していたが、そんなことより、6時間目や休み時間を潰してもやり切れと、不正ばかりの馬鹿神戸市教育委員会は、通達をしているらしい。忖度とコネと金で、委員会に入った馬鹿教員は、なんの疑問もなく、元同僚や子供たちを苦しめているのだ。

 

こんないい加減なやり方で、よくぞ子どもが育つものだと感じるが、それは、国立大学を出た優秀な教員がいたからである。いま採用される教員は、偏差値48、勉強嫌い、そのくせ偉そうという類のものであり、もう何も伝わらないらしい。教員の友達からも、近所の人からも、そんな声が聞こえてくる。

 

なんとかならないか。

人手不足に加え、教員免許制度改悪で、免許更新が10年に一度行なわれ、委員会に提出するしょうもない書類や、会計、払わない給食費不登校、学校内暴力、モンスターペアレンツ、嘘つき、脅迫、長時間労働など、もう学校は崩壊寸前。というか、もう崩壊状態である。

 

今一度、学制を発布し、正しい教育のあり方を整理してほしい。自民も公明も維新も何をするか分からないから、ぜひ、国民民主と林修池上彰など、きちんとした道筋がある人に、提言をしてもらいたい。

 

わたしがしてもいいんだけどね。

お弁当物語41

 

今日も雨。

 

野球が始まり、今日の地下鉄は混み放題。

三密の二乗や三乗てある。

 

世の中は、イカサマ氏ばかりが横行し、全然ホントのことを言わなくても大丈夫な世の中になったので、小学生まで嘘をつきまくる。親ならもっと、えげつない。

岡八郎に言わせよう。

えげつな〜

 

すべて、蜃気楼政治のせいなのだ。

実現しないしょうもないことをつべこべいうという。日本崩壊は近いが、わたしの弁当はますます怪しい光を漂わせる。

 

今日のお弁当

 

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白米ご飯(わさび昆布入り)

大根の漬物

マッシュルーム

ニラ入りだし巻き卵

ミンチカツ

野菜コロッケ

チーズ揚げ

レタス

笹かまぼこ

自家製胡瓜ちくわ

牛肉とエノキのすき焼き風

自家製ミニトマト

 

なんかマッシュルームが、えげつなくキノコを主張している。何か襲ってきそうな雰囲気。

カロリーがだいぶんありそうで、またまた不評みたいだ。

でも、政権よりも正しく、都庁より嘘をつかず、大阪のように騙さない、港神戸の雰囲気の漂うハイカラさが売りである。

そのくせ、ソースは京都だ。

はんなり感も併せ持つこだわりだ。

インチキを見破る力

都知事選。

あれは選挙だったのか?

現職はどんどんテレビに出て、いわば彼女なりのパフォーマンスばかりが優先した。

それもそうだが、どうして有権者はあんなのに騙されるのだろう。

改革をしているフリで何もしない。

何も変わらず、適当なことばかりやっている。

口先だけ。

 

東京にも維新の騙しに騙される軽い有権者が増えてきた。維新の会など、自民党の路線と何もかわらない。それより身内で工夫してきた条件を上げ諂っているだけである。自民党の政策には、何一つ反抗しない。だからわたしは、自民党維新クラブと呼ぶ。

 

カジノも、都構想も、万博もみな、維新の会と官邸の約束事項で、それに関西のマスコミが、チヤホヤしながら毎日ポピュリズムを煽る知事を番組に出し、都構想住民投票に繋がる宣伝を繰り返している。インチキだ。

 

まともな自治体なら、もうとっくに10万円は大阪府民に支払われているはずだが、先述の労使の協議事項を反故にし、マスコミを通じて公務員を悪者にしてきた。合理化と、管理職による成績評価を給料に反映させ、徹底的に改革ということを、公務員組織を懲らしめることに使ってきた。それは、日教組共産主義者の集まりであると信じて潰しにかかっていた、石原、安倍と共通している。

だから、大阪は、コロナ対策でも後手後手にまわり、10万円などいつもらえるかわからない状況である。結局アルバイトを雇い、作業をしなければならない。

 

あの、ほぼADHDの話し方のポピュリストは、役所を統合し、公務員を減らしてきた。

これは、イギリスでサッチャーが小さな政府を提唱し失敗したことや、小泉が、大企業の肩を持ち、派遣型の働き方をとりいれ、遊星を改悪したことと同じだ。小泉は、のちの日本の低迷を招いた。小さい政府は、民主主義を腐らせる。

 

その流れで、大阪も調子をこいた。民主主義ごっこを続ける大阪を近畿の周りの府県民は、馬鹿なことだと見抜いていた。幸せなのは、大企業のであり、お金持ちである。決して公務員ではないと分かっていた。格差社会や、社会の仕組みを変えられる政党ではないと、みんな知っていた。これは、公明党のスタンツに似ている。何もしない。インチキだ。

 

合理化は、サービスの低下を招く。当たり前の話である。それなのに、都構想を出してくる。何回も。府民が間違っているのだというかのように。

 

何か変えてくれると人を頼りにしている大阪府民は、維新なら何か変えてくれるかも。わたしも、維新なんだからと言いながら、泥舟になってしまった。自民党がすすめる大企業優先、10%の上級国民のみ幸せ計画が、進行しているのである。

 

だから、大阪は、社会の仕組みを変えることが、府民の命や生活より大切なのである。官邸に言われているから。

 

こうして、合理化、首切りの後に、人手不足が当たり前にある。もう、一人ひとりの思いを大切にする民主主義はなく、ポピュリズムに担がれた、うまい話に、みんなが蜃気楼を見ているだけである。

 

いっておくが、明治維新は、社会が変わったのではない。まして革命なんかではない。いまも、贈収賄は当たり前のようにあるし、金持ちは金持ちである。

 

こういう間違った見方、浅はかな国民の思いを、見事に言い当てた記事に出会った。ここに書かれているとおりである。是非一読してほしい。

 

 

「女帝 小池百合子」の作者、石井妙子さんである。

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神戸新聞社

 

東京都知事選で歴代2番目の得票数で再選された小池百合子氏(67)。その数奇な半生を描いた「女帝 小池百合子」が、ノンフィクション作品として異例の20万部を超す売れ行きとなっている。3年半をかけて取材した著者の石井妙子さんが浮き彫りにするのは、聞き心地の良い甘美な物語を上書きしてきたポピュリスト政治家の実像だ。「小池氏は私たちが生み出した平成の写し鏡。蜃気楼(しんきろう)に喝采を送るような危うさをはらんでいることをもっと知るべきだ」と警鐘を鳴らす。

「芦屋令嬢」「カイロ大首席卒業」と称した看板を武器にキャスター、政治家へ。政界再編の中で政党を渡り歩き、環境相、防衛相を歴任、いま首都のかじ取りを担う。
 「学歴の詐称疑惑が注目されたが、書きたかったのは平成という時代そのもの。平気でうそをつくという自身の問題もさることながら、なぜこうした人物が生まれ、なぜ選ばれ続けるのか。政治のあり方、メディアの責任、ひいては民主主義を問い直したかった」
 100人を超す関係者の証言を集めた。徹底した現場取材、丹念な資料の読み込み。何より土地に刻まれた情念やエピソードの背景を読む感受性が、作品に深みと凄(すご)みを与えている。

甲南女子中・高を経て関西学院大中退。経歴をたどり、神戸・阪神間の雰囲気を作品に落とし込んだ。線路脇の生家跡はコインパーキングになっていた。そこで感じたのは「階層の格差」だ。富めるものは富み、貧しいものは貧しい。「上へ上へという脇目もふらぬ上昇志向は芦屋で育ったことが影響している」
 ◇権力を手に
 平成とともにテレビから政界へ。日本新党新進党自由党、保守党、自民党。機を見るに敏、風向きを読むのに長(た)けていた。

〈男の為政者に引き立てられて位を極め、さらには男社会を敵に見立てて、階段を上っていった。女性初の総理候補者として、何度も名を取り上げられている。ここまで権力を求め、権力を手にした女は、過去にいない〉

女性の政治進出は日本は遅れている。女性史に力を注ぐ石井さんは小池氏の「快進撃」に際して気持ちは重く塞(ふさ)ぐばかりという。実現したい政策や政治哲学は見えず、目立ちたいという目的意識が前に出る。
 かつて小池氏と衆院旧兵庫2区で戦った土井たか子氏(元衆院議長、故人)を挙げて「毅然(きぜん)として人間に核があった。そんな女性政治家がいなくなった」。
 女性議員は増える傾向だが、「男性がスカウトしてきたような人ばかりで男性社会に過剰適応しようとする。首相に好かれようと妍(けん)を競う。女性だからと選ぶとだまされてしまう」と嘆いた。

◇期待裏切る
 紅一点を好み、権力者に近づき、引き上げられたいと願う。その一方で自身と競合する女性を敵視し、社会的弱者への関心は薄い。
 2005年、環境相在任中、尼崎市のクボタ石綿禍が発覚。国は救済法制定に動く。補償に踏み込むのか。患者らは古い男性政治家や官僚出身者ではなく「女性でクリーンで善良そうな」小池大臣に好感を抱く。
 尼崎で患者と面会した際、「崖から飛び降りますよ」と期待させる物言いをする。可決された法案の内容は補償にほど遠く、官僚が主導した「見舞金の延長」にとどまった。

16年、「崖から-」「ジャンヌダルクになる」と叫んで都知事に就任。築地から豊洲への市場移転の際も対応は石綿禍と同様だった。「築地は守る、豊洲を活(い)かす」と築地に市場機能を残すことを期待させる発言をしたが、反故(ほご)に。また17年の衆院選で新党「希望の党」を率いた時、当時の民進党との合流方針を巡り、政策や理念の合わない候補者を選別する「排除の論理」をふりかざした。その発言を機に失速し敗北した。

 ◇ビニールシート

石井さんが小池氏を注視し始めたのは前回の都知事選だった。自民党都連とのバトルで注目を集め、フィーバーが巻き起こった。駅前はシンボルカラーの緑を身につけた人で埋まった。
 「人々は彼女を見て空をゆく飛翔(ひしょう)体に例え、すごいエンジンを持つロケットみたいだとほめそやす。私は疑問を持った。この人はただのビニールシート。風に舞って高く上がるが、落ちてきたらエンジンも翼もない。でもビニールだから強い。どんな風にも乗れてしまう」
 スポットライトを浴びるほどに表情が輝く。折しも新型コロナウイルスの感染拡大で露出が増えている。

小池百合子というのは実は存在せず、彼女が作り上げた理想のキャラクターなのだろう。そんな蜃気楼のようなものに大衆は快哉(かいさい)を叫ぶ。メディアであおる手法は維新の吉村洋文大阪府知事橋下徹・元府知事に通ずる。軽視していると危うい。扇動された後の殺伐とした光景を想像しなければならない」

 

このように、インチキを見破り真理を見抜く力をつけなければならない。7年間も国のお金で遊びくさった現首相を、裁判にかけなければならない。