アヒージョ好きのビーバー

なんでもバリバリ噛り付きます。

3対7からして疑惑

いよいよ閉会中審査がはじまった。

参考人招致にいたっては、要求した人が全て出席したわけではない。質問時間も本来なら、聴かれる側対聴きただす側が、通例では2対8であるのに、当初は5対5だと主張し、物議をかました。それは、何も悪くないという、意志表示であったのかもしれない。

思い込みというか、どうせバカには、説明しなくてもいのだということであったかもしれない。

とにかく、今日は、言ったの言わなかったのというやりとりが続くのであろう。

 

そもそも友だちっていうものは、大切にすべきものだし、宝物になるようなものである。お互いに相手のことを考えるはずであり、幸せや成功を祈るものである。だから、いや友だちだからという邪念があったなかったを聞いても、それは道理に反する。

しかし、その立場は、国の行く末を任されているのである。仮にそうしても国民は文句は言えないだろう、逆に国民には文句を言わさないぞと、凄んでいるかのようだ。え〜それは私の不徳の致すところでありましてとかなんとかということになるのがオチである。

この間、不徳の致すところで、数々の横暴をはたらいてきた。特定秘密保護法、改正刑事訴訟法共謀罪の3つの矢で、国民に縛りをかけた。中国にも笑われるような縛りである。人権蹂躙につながるのではという声にも耳を貸さず、「ば〜かそんなことねえって。」と嘯いた。

今度は調子に乗って、いよいよ憲法の9条改正へ弾みをつけようとした。

 

それまでには並々ならぬ努力をした。

大阪の人気政党をたぶらかし、一緒に労働組合の撲滅運動をした。大阪のチンピラは、東京にデビューできるとばかりはしゃぎたて、同調し、既成の枠を取っ払うように見せかけ、多くの部署の民営化をはかった。その時点で大阪は、大切な文化を失った。所詮、人間のすることである。昨日まで関心もなかった教育の世界にも、素人の民間人が登用された。そして、民間同様破綻した。反対派は全てバカ。本質をわかっていないと遠ざけた。やり方は、やはり江戸のおぼっちゃまと同じである。

「何もわかっていないバカに、教えてやろう」

 と嘯く。

 

どうせ何もわからない。でも、2を3に値切ったことや、疑惑の最中に外遊三昧をしていたことからも、大したことはないと思っていたのであろう。

 

ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をした時点で、戦前のやり方は全て否定してきた。国家主義全体主義はもう忘れ去った考え方であったはずだ。それなのに、間違った歴史を学んだものは、同じ間違いを繰り返す。不幸だ。

 

どうせ人の噂も何日やら。すぐに忘れて、すぐに同じ失敗をする国民である。

どうか、若者よ、しっかりしてくれ。