お年玉はくれてやるものか
もう大人だから、お年玉はあげる方になる。
しかし、知っている子供にしかあげない。
お年玉は、そういうものだろう。
年末年始、お金にまつわる気持ちの悪い話がたくさん放送された。
芸能人のギャラの話。誰かは月収何千万円だとか、六億はもらっているとか。今まで、隠すべきことであったものが、暴露という形ではあれ、自慢げに競うように語られている。
また、そのお金持ちに付き合えるかどうかというゲームのような番組もあり、選ばれた美女?が、高収入の会社経営者に見初められるという番組だ。企画する方もそうだが、出演する方もデタラメである。まさか、子供は見ないだろうが、こんなことが当たり前になってしまった。
安倍政権がやってきたアホノミクスは、それこそ富裕層だけを裕福にし、9割の日本国民を貧困に貶めてしまった。
中には、見ず知らずの人にお年玉とかなんとか言って、必要以上にピンはねした罪滅ぼしのようなことをしている金持ちがいる。
ピケティのいう、格差社会の問題として、資本収益率が経済成長率を上回っている状況にある。だから、資本を持つ人は、何もしなくても資本が増え、給与所得者は、ますます取り残される資本主義社会の最悪なシナリオで進んでいる。おまけに、年寄りもおばちゃんも若い人たちも、どういうわけか、経営者の政党を支持している。どうしてなのか。経営者でもないのに。
ピケティがいうように、累進課税をばっちりとるしかない。
金持ちが自分の利益のみを主張し、なりふり構わず金儲けに走り、国もそういう法案や政策を続けるなら、本来の意味で、マルクスのいう資本主義社会の、終焉になり、破滅である。