閣議で歴史を変える国
なんでも教科書に書いたら、教員はそのまま教えるのだと、国会議員はおもっている。
慰安婦の問題も掲載しないと決めた。
教育の中に、どんどん一方的な国粋主義が入り込んできている。社会も何を疑うもなく、教育で教えたらいいと、甘く許している。
本来教育は社会的な事象や、科学的な事象を、帰納的に子供達にその意味を考えさせないといけない。はっきりしていない国境問題など、教科書に書かれても、子供は考えられないし、自分なりの答えに行きつかない。それなのに、子供にその概念を押し付けようと、政府は教科書にやっきになる。戦前の国定教科書と同じであり、戦前のムードが漂ってきている。
慰安婦の問題も、新聞記事の改竄があったのなら、それが国辱に至った事実や、相手方の勝手な言い分、世界情勢など、ファクトを出し切り考えさせることが必要だ。しかし、この慰安婦の問題は、はなはだ学校では扱えない問題だし、高校でも難しい話である。
未だアベノミクス継承だとほざいている総裁候補もいる中、岸田さんが、新自由主義から逸脱をする旨を公約したのは立派だ。小さな政府、一部の人のための政府、自助ばかり唱える政府は、コロナ後の社会には必要ない。
税金払え!
大金持ちからきちんと税金を取り、アマゾンにも、日本で販売した価値について税金を納めるように法改正をすべきであり、そうしないなら、アマゾンやGoogleなど、利用しないで生活していけば良い。わたしは、街の本屋で専門書や新書を買うし、ないときには、取り寄せしてもらっている。
くれぐれも、最右翼の女性が総裁にならないように。また、インチキな森友、加計学園問題やお花見集団賄賂事件など、真相究明をするようにしないと、もう若者は、放っとけないのだ。