知事はダメでもテニスは凄い
ついに優勝した。
まける気がしなかった。
精神的に大人であった。
自分を冷静に見るもう1人の自分がいた。
何よりも挑戦者であった。
いつも思うが、スポーツは、奥が深い。
体と心の研究が進むにつれ、以前のようなスパルタ式の練習方法は影を潜めつつある。コーチは高いコミュニケーション能力が求められる。
加えて、インチキ興行主の横暴ぶりにも嫌気がさす。スポーツマンシップといっても、大したことはない。大抵金なのだ。スポーツは、金だと断言しても良い。
選手が殴られているビデオを売る輩までいるアホな世界だ。
さて、試合後の大阪選手の、アメリカ人離れした、シャイな発言の中に、彼女を成長させたコーチの話題が記事にあったので一部紹介したい。
東洋経済オンライン
岡本純子さん
(前略)
何とも、感情を揺さぶられるドラマチックな決勝だった。歴代最多の四大大会24勝がかかった女子テニス界の絶対王者セリーナ・ウィリアムズとの決勝戦。3回の反則を指摘され、それに対してたびたび、怒りをぶちまけるウィリアムズと彼女に加勢する観客。圧倒的なプレッシャーと威圧感の中で、冷静さを失わず、戦い抜き、王冠を勝ち取ったわけだが、その後の表彰式での彼女の振る舞いが、世界の称賛と同情をさらに集める結果となった。
式が始まり、結果に不満足な観客から大ブーイングが巻き起こると、彼女は瞬間、サンバイザーをぐっと押し下げて顔を覆い、涙を隠した。その後、表彰台のインタビューで、司会者の質問に対し、目に涙を浮かべながら、「質問の趣旨とは違うのですが、ごめんなさい。皆さん、彼女(セリーナ・ウィリアムズ)を応援していたと思うのですが、こんな風に終わらせる結果になってごめんなさい。試合を見てくれてありがとう」と言い、小さく頭を下げたのだ。
(中略)
そのインタビューで、「なぜ、表彰式で謝らなければと思ったのか」と問われると、「その質問は私を感傷的にさせるわ。だって、彼女(ウィリアムズ)は24回目のグランドスラムを取りたかったでしょ。誰もが知っていたわ。(でも)私がコートに立った時、私は自分が違う人間のように感じた。(その時の私は)セリーナのファンではなく、対戦相手と対峙する一人のテニスプレイヤーになっていた。でも、ネットのところで、彼女とハグをした時、私はまた、(セリーナのファンだった)子どもに戻ったような気がしたの」と涙ぐみながら語った。
つまり、マイペースに見えるキャラの内面には、誰よりも人の気持ちを思いやる優しさと、いったんコートに立てば、不屈のファイターへとあっという間に憑依する強靭なメンタルを持ち合わせているということだろう。ここ2年で急速な成長を遂げたといわれる大坂の強さを引き出してきたのが、コーチのセルビア系ドイツ人、33歳のサーシャ・バイン氏だ。以前、ウィリアムズの練習相手を8年間も務めていたが、昨年の12月に、大坂選手とタッグを組んだ。
大坂選手曰(いわ)く、「彼は非常にいい人で、ポジティブで陽気。私は落ち込むことが多いので(相性がいい)」と説明したが、ひょうひょうと見える彼女も、実はネガティブ思考で悩むことも多いらしい。
バイン氏は、インタビューで、「彼女は完璧主義で、自分自身に厳しすぎるところがあるから僕は真逆でいなければならない。だから『大丈夫。地球は丸くて、草は青いさ、すべてうまくいく』って言うんだ」と語っている。「最初はもっと内にこもり、控えめだった」という大坂選手を徹底的にリラックスさせ、その殻から出てくるように導き、ムードメーカーとして励まし続けた。
その様子は試合中の2人のやり取りを映したこの動画からもうかがえる。自信をなくし、涙を流す彼女に、「できるよ」「深呼吸して」「みんなわかってる。君はできるんだよ」と優しく、暗示をかけるように粘り強く励まし続ける。
「オーバーコーチング」をしないことが重要
彼は「誰かが、選手にどちらの道を行けと指示するのではなく、選手が自分で道を見つけられるほうが価値がある。だから僕はある程度、選択肢を狭めておいて、最終的には、つねに彼女が自分で決断をできるだけの余地を残しておくことが大切だ」と述べている。
つまり「オーバーコーチング」をしないということが重要だというのだ。
スポーツの世界でカギとなるのはもちろん選手の実力だが、それと同等、時にそれ以上、重要なのがコーチや指導者の「コミュ力」である。指導者のコミュ力と選手の実績とは絶対に「正比例」する。青山学院大学の駅伝チームの原晋監督やワールドカップでの大躍進を導いた元ラグビー日本代表監督エディ・ジョーンズ氏(参考記事「青学・原監督の『コミュ力』は何がスゴいのか」)などはまさに、バインコーチ同様、選手との対話を重視し、自ら考えさせ、選び取らせるスタイルで成功を収めた。
ひるがえって、日本ではまだまだ、コーチが一方的に怒鳴りつけ、根性主義で、「教え込もう」とする指導も健在だ。選手を殴りつける、恫喝するなど、ゲスの極みのような慣行も存在する。
大坂選手の優勝に、2020年の東京五輪の「顔」が見つかったと安堵する関係者も多いかもしれないが、彼女のこの偉業に、日本のスポーツ界や関係者の功績といえるものはそれほどないだろう。
次々と露呈するパワハラ体質を抜本的に改め、徹底的に指導者のコミュニケーション力を鍛えることが急務だ。大坂選手の快挙は大いにたたえつつも、浮かれている余裕など、日本のスポーツ界にはこれっぽっちもないのである。
何と鋭い論説であろうか。
ビシッとオンラインである。
いい記事なので、ぜひたくさんの人に読んでいただきたい。