アヒージョ好きのビーバー

世の中の本質を、自分なりに考え、解説します。正義感が強く、偉そうなもの、金持ちには、牙を剥きます。

修学旅行の思い出(中学生)

中学では東京が目的地であった。

東京という人がたくさんいる街だからと、学年で人混みを縫って歩く練習や、一列や2列で並のわぶ練習、五列横隊など、とにかく中国でよくやっている軍事訓練のように規律を守る練習を積んだ。

神戸の街も元町や新開地、東山商店街のような繁華な街があるのにも、かかわらず、練習があった。それだけで、東京は恐ろしいところだと感じた。何をされるかわからないから、みんなで守り合おうと相談した。

 

当時は学級委員長であった。なかなかなり手がいなくて、結局、中学校3年間に9回も委員長を引き受けた。

当時は点呼も整列も、みんな委員長が引き受け、担任以上に活躍した。だから、とにかく、クラスの雰囲気だけはは大切にしていた。

 

神戸駅から、特別なプラットフォームに上がり、修学旅行専用列車に乗った。急行列車の仕様で、向かい合わせの2人がけシートであった。当時は、そんな大きなバックもなく、小さな旅行鞄に詰め込んで、網棚にあげた。

 

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車内で親の作った弁当を食べるのだが、なかなか、狭い中で肩触れ合って食べるものだから、毎年弁当落下事件は起きていた。

 

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どのようなルートでどう進んだのか覚えていないが、1日目は富士急ハイランドの施設に泊まった。富士山は見えなかった。

どう過ごしたのか全然覚えていないが、とにかく部屋で静かにすることを徹底して友だちに呼びかけた。しかし、夜中、男子の各部屋の委員長が呼び出された。聞いてみると、1組の男子の部屋がうるさかったというだけで、8人委員長は、みんな廊下で殴られた。わたしは、どうして関係ないクラスなのに殴られなければならないのだと聞いたら、うるさいと言ってもう一度殴られた。

大日本帝国陸軍の将校のような体育の教師であった。今も、恨みに思っている。そいつは、日体大出身の運動部の顧問で、体育館では女性教師の尻を撫で、手をつないだりしていた。

その後、そのバカは、神戸市教育委員会の生徒指導部長を拝命し、うわさでは、どこかの校長を勤めていたらしい。

今回の、女子中学生自死事件の、教育委員会の隠蔽体質や、聞く耳を持たない態度、そして相変わらず体育上がりの幹部というところは、何にも変わっていない。

 

そんなこんなで、楽しいはずの修学旅行が、ケチがついてしまい、思い出したくもない思い出になってしまった。