日本一の駄菓子屋へ行ってきた
家でじっとしているだけでは、もう限界。
ということで、どこかドライブに行くということになり、一昨日の8時半に家を出た。
昼は、コンビニに寄り、簡単なものを車中で食べることに決めた。
家族の海岸線が綺麗なところという希望で、淡路島一周にするか、岡山までのとんぼ返りにするか悩んだが、淡路はもともと交通量が半端じゃないぐらい多く、道も狭くカーブも多いのでまだ道路の整備された岡山にした。
岡山は、もともとの故郷で、何とあのわけのわからない戸籍も置いている。何かと不便だし、一回も県民として住んだことのない県ではあるが、先祖代々備前藩におつかえしていた身の程を残すために、そのリスクを承知でおいている。
そもそも、戸籍なんてある国はなく、ほとんどの国が住民票一発の世界である。日本人はうまく為政者に洗脳されてきたので、あの夫婦同性婚でさえ、あまつさえ世界では、ほぼ奇行の召喚であることに気付いていないし、認めようともしない。
まあその細い関係で、晴れの国岡山をドライブの場としてあちこち行っているのである。
ドライブでは、平野が多いので平坦な、ここは北海道かと錯覚するほどの真っ直ぐな道が続く。それが嫌で、ブルーハイウェイを走るのではあるが、なかなか景色はいい。しかし、路面はかなり痛んでいる。
この辺りでこの前駄菓子屋にきたという子どもの話で、日本一の駄菓子屋に行った。
邑久というところからすぐのところであった。
畑の中に、工場のような間に合わせの建物があり、その倉庫みたいなところに、一つ20円ぐらいの駄菓子が、無造作に並べられ、それこそ、もう一つづつなんて売ってやらないからと、でかい顔をして並んでいるのである。
駐車場がいくつもあり警備員の誘導がある。たかだか駄菓子なのに、真剣勝負を実は、昔をナチタカシム大人に仕掛けているのではないかと感じるのである。
倉庫の入り口で手を消毒してもらい、ソーシャルディスタンスをとりながら、何とか岡山県民に迷惑をかけないよう気遣いをした。
値段は安くない。
町の吉弥と同じかやや高く設定してある。でも、一つの値段が子どもの小遣いなので、大人買いができるという、いまだかつてない買い方ができる。それは、なんでもかんでも、駄菓子屋のおばあちゃんしか味わったことのない感覚なので、それなりに貴重である。
懐かしいお面や、おもちゃも置いてあるが、品揃えがもう一つである。
言い出したらキリがないが、そう思えば、一つ一つに値札が貼ってあり、それがそもそものこの店のコンセプトを不透明にしているのではないかということがある。一つずつ小分けしたものを買うのではなく、1袋五十個入りを買う店なのだ。だから、大量販売をして、もっと安価にして欲しい。
バーコード対応ではないので、レジも混み合っていた。
なんだかんだ言っても、総額8000円弱を買った。決して得なわけではない。何やら、今あるものがいろいろ買えるというところなのである。