こんなやり方信じれる?
日本人はお人好しである。
熱しやすく冷めやすいといわれたのは、戦後30年ぐらいのことで、努力しても世の中は変わらないと言う体制になってから、ゲバ棒も、ヘルメットも投げ捨て、ひたすら政府の言う事を信じ、頑なに守ってきた。バブルがはじけた頃から、自分だけがという面々が出現し、政府の小さな政府、新自由主義の導入に刺激され、日本人らしからず、人を差し置いてと言う連中が我先にと起業した。
大学進学率は、経済の停滞と、将来の展望のなさに触発され、上昇し続け、沢山の大学や学部が新設された。
地方国立大の偏差値は、40年前から比べると、10あまり下がっているところがあちこちの学部に見られる。特に公務員に直結する教員養成は、景気に左右されがちであるが、上昇すると思いきや、教員という仕事の3Kぶりが公表され、人気は低迷し、今や、安倍首相と同じ50前後の学科もある。日本の将来はどうなるのだという事であるが、もう技術大国では生きていけないであろう。
地方では、不況で都市に出ていけないこともあり、大学や学部が新設された。その認可は、イケイケドンドンであり、そのため、何じゃこれという大学教授が沢山現れた。
特に、偏差値の下がった国立大の教育学部に追いつけと、私立の教員養成大学は、教育委員会の天下り先として、幼稚園の園長や児童館の館長の他に、小学校の学校長を大量に採用している。しかも、専門外での、分野で。
もう気がつかれたであろう。
これは、今まで普通にやられてきたことであるが、委員会からは、児童を直接教えることから10年も離れた扱いにくい校長の、就職口を世話してくれる助け舟である。
また、大学側は、教員採用試験で何らかの便宜を図ってもらえる、いわば人質となる。
その図式で、このバーターは成り立っているのだ。
神戸など、ある女子大は、そんな偽教授ばかりが、うじゃうじゃいて、採用試験に強いとか何とか宣伝している。論文も書かず、内部評価の論文だけでシャンシャンと教授になっていくのである。
大学は研究機関ではなかったのか?
さて、こんなにレベルが下がった大学で、加計学園も、岡山大という立派な国立大の狭間で、有名になろうとした。不正ではないかと思われる数々の証拠や証言が出てきているのにもかかわらず、数々の否定をしてきた。というか、無視をしてきた。このやり方は安倍式である。
友達なら、メールですむし、悪だくみなら、その方が都合が良い。マスコミの能力がダダ下がりの中で、騙し、忘れさせ、思い通りにやってきた。この程度の国に成り下がってしまった。
中国や、韓国に尊敬されているとネトウヨに吹聴させ、道徳的に民度の高い国であるかのように発信し、国民に満足感を与えている。オレオレ詐欺よりひどい。
こうした悪だくみを、マスコミも暴くことができず、今日はそのまま加計学園の主張を宣伝した。マスメディアではなく、もう宣伝隊なのだ。
ワイドショーやニュースショーでの、フリップの誤字脱字の多さにも、その脆弱ぶりがわかるであろう。
日本は、二世、三世の国。
自分勝手にできる国。
偏差値50の国なのだ。