今日は、昼から国会の予算委員会を、だらだらと見ていた。どうしてだらだらなのか?だらだらしたものを正座をしてみるまでもないことだ、といい格好を言ってみたいのであるが、なんといっても、もうすでにリタイアしていても良さそうなおっさんが、ああやこうやとさも自分が考えていたんだぞと言わんばかりに、用意していた原稿を読むという馬鹿馬鹿しいやり取りに、うんざりしていたためである。
しかも、政府対自民、なんじゃこれはという会話が続く。
「えーこれは、とてもいい施策ではありますが、その意義についてお聞かせいただきたい云々」
「それはですね、国民生活を思い計っての施策でありまして云々」
なんじゃこれは。優しさ確認なのか。それとも、「そんな国民のこと思っているはずないだろうバッキャローめ、思っているのは、経団連の皆様とアメリカのトランプ様だけだ」という、巻き返しが用意されているのであろうか。
そんな、忖度を感じながら、自民の質問者は、政府のやり方を支持しながらも、実のところ、「総理が勝手にやっていることだから、僕らあんまり知らないもんね」と、自信無げな口調になって行く。といっても、「いや、今はNHKの全国放送、しかもライブ。活躍を直に故郷の有権者に見せつけることができる。田舎のおっかさん、後援会の皆さん、お元気ですか。そして今でも、パーティ券を買ってくださいますか?」と、望郷の念が脳裏をよぎりながら、ひょっとして、日馬富士の引退会見に視聴者が、チャンネルを変えてしまうのではと、少しの不安を抱えつつ、さも、庶民の代表のようにして、たいそうなリアクションをちりばめながら、質問を続けているのである。
Q これはどうなの?
A 国民の幸せのために
Q それはいい.まことにわかりやすい。
A そう、わかりやすく国民の皆様にお 伝えしているのであります。
的な、まことに、自画自賛、手前味噌、オーソレミーヨ的な、あほな会話に陥って行くのである。
これはこれで、下手な漫才を見るよりも面白く、「そうね、そう言えば馬鹿な話も賢く聞こえるもんね」と、鼻くそをほじりつつ、ほくそ笑んでいたのである。
でも、よくもまあ、あんなのが議論と言えるもんだなと、録画して、小学生のダメな学級会の見本として売り出せるのではないか? いや、こんな茶番劇に、沢山の国の経費をかけているのは、会計検査院は、許すはずがない。それでも、今日、憲法判断をきちんとできなかった神戸地裁の金たまの小さな裁判長なら、いいよ、いいよ、合憲だよ。といってのけるのだろうな、アホやから。
と、色々想像しながら、アホらしい、芝居を観劇していたわけである。
ああしんど。